はじめに

宮下工務店の建築現場を見学した同業者(工務店・業界メディア記者)の感想・評価は大きく分かれる。

「ここまでやる必要があるのか?」
「現場の整理整頓・清掃をここまで徹底するのは素晴らしい。」
「宮下社長だからできるのであって、私の会社では・・・・」
「輸入材の共同購入組織に加えて欲しい。」
「コスト管理手法を公開してもらえないか?」
「外断熱工法について、さらに詳しく教えて欲しい。」
「埋炭の効果を説明して欲しい。」


どうして、ここまで感想が分かれるのだろうか?
昭和56年の春、それは宮下が一大決心をして独立した時だ。

以来、32年間 妻に支えられ、社員に支えられ、地域に支持されて「工務店」を営んできた男が、生来の好奇心と探究心で「家造り」に突き進んだ結果であろう。ただし、宮下はそのプロセスをほとんど語らない。
「男は黙って・・・・」の典型的な例である。
宮下工務店 代表取締役 宮下祐治は、何を考えて、何を求めて、ここまできたのだろうか?

宮下工務店を初めて訪問する誰もが口をそろえて驚くのが、そこに飾られている「お客様の顔」(写真)だ。お客様の手紙などを張り出す会社は多いが、ここまでたくさんの写真を堂々と張り出す会社は珍しい。しかも、写っているお客様は花束を抱えている。
そして、うれしそうに、にっこりと笑顔で。

「しあわせの家づくり」をテーマに、宮下と社員達が突き進んでいる姿を紹介していこう。




第一章 5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)

宮下工務店の朝は早い。毎朝8:00には、すでに、会社内の清掃が終わっている。 会社内だけではなく、近隣・道路も含めて掃除をするのだ。
もちろん、宮下も社員と一緒に掃除をおこなっている。

そのことを宮下に言うと

「こんな当たり前のことをあなた達はめずらしそうに取り上げるが、どうしてかな?俺には当たり前すぎて特に説明する気にもならん。」

建築現場の「整理・整頓・清掃・清潔」、これは日本全国の工務店が共通して掲げている標語だろう。どこの会社でも、確かにやっていることだ。
これだけをみると、宮下が言うとおり、単に「当たり前」のことだ。他の会社と宮下工務店の違いは「徹底してやるか。必ずやるか。毎日やるか。」だ。
この違い、言葉で書くと簡単だが、同じ立場の人間(工務店経営者)には分かる。現場の職人達に徹底してやらせる、その難しさ。

当然、職人さん達だけが現場を清掃するのではない。社員も同じく現場の清掃をおこなう。そして、それを当たり前のことだと全員が思っている。

宮下工務店は社内外に対して 5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾) を宣言している。

宮下が、社員・職人にここまで徹底して「整理・整頓・清掃・清潔」にこだわるのは、5Sの最後に書かれてある「躾」と関連するからであろう。
それは、宮下工務店の会社案内から読み取れることができる。その一部を抜粋してご覧いただこう。




いい家はキレイな環境から始まる

『私たちが徹底していることの1つに、「5S」の厳守があります。
「5S」とは整理・整頓・清潔・清掃・しつけの頭文字をとったもの。
身の回りをキレイに保つことは、見た目に美しいだけでなく、仕事の効率アップやミスの低減、そしてなにより気持ちよく仕事に取り組むために大切なことです。
現場では職人達の協力も得て、1日5回の清掃を実施。さらに週一で社員全員が現場の清掃を行っています。
また、近隣の方への配慮も怠らないよう常に気を配っています。
他にも地域との繋がりを大切にしたいという思いからはじまった本社周りの清掃も「5S」の一例、今では欠かすことのできない朝の日課です。』

宮下は、社員と職人の躾に厳しいのだ。
そして、彼は職人達から「親方」と呼ばれている。
職人が宮下を「親方」と呼ぶのは、「宮下に対する恐れ」と同時に「宮下への信頼」の情が含まれている。
建築業界は、今も上下関係が厳しい古い体質を残した世界だ。
しかし、単に年長であるということだけでは、職人は言うことを聞かない。そこには、確実に力(技術力・人間的な包容力)による上下関係が存在するのだ。

「親方」という言葉を国語辞典で調べてみると

【親方】おやかた

(一)弟子・奉公人・部下などを抱えて、親のように保護したり、指導したりする人。「大工の親方」
(二)職人に対する敬称。また、親しんで呼ぶ語。
(三)相撲で、年寄の敬称。
(四)役者の敬称。
(五)〔「おやがた」とも〕親のような立場で世話をする人。親代わりの人。
(六)年長の者。

まさにこの世界なのだ。

宮下工務店社員から面白いエピソードを聞いた。

『建築現場での喫煙は当然禁止されています。
職人がこっそり吸っているのを社長が見つけたら、間違いなく現場から追い出しますね。
それを職人も社員も知っていますから、やはり親方の言うことは守らないと。
かわいそうなのはお施主様です(笑) 以前、敷地内でタバコを吸っているお施主様に、社長がいきなり説教を始めまして・・・。
社員・職人だけではなく、誰に対しても、間違っていることはきっちり指摘します。』

第二章「しあわせの家づくり」の【工法・素材】に対する探求

 宮下工務店の資料をみると、「しあわせの家づくり」という言葉が頻繁に登場してくる。この「しあわせの家づくり」というのは、どこの住宅会社でも使っているような、ただのキャッチフレーズなのだろうか?

 住宅を建築する会社は全て社員とその家族を養うため、継続して利益を追求しなければならない。これは会社組織にとって当然のことである。
住宅を単に「仕事」と考えると、「家を建てて、そして利益をあげる」ことに集中すべきだ。
そのため、多くの住宅建築会社は、いろいろな金融手法を駆使して、お客さんが無事に住宅ローンを組めるように提案する。返済比率という尺度をもとに、とにかくお客様が「土地と建物」を購入できるように営業努力をおこなうのだ。
そこには、住宅を建ててから引き渡すまでが重要であって、建築代金を受け取った後のことは二の次である。
これがバブル期に蔓延した「住宅業界の常識」となっている。
住宅金融公庫でさえ「ゆとり返済」というネーミングのもと、無理な借り入れ(その後、返済に苦労することを予期できる借入額)を認めていたのだ。
その結果、住宅ローンを組んでから、数年後に返済が困難になる、つまり家計が破綻する家族が続出した。

このことから反省すべきことは、「無理な借り入れをしなければ家が建たないのであれば、家を建てない方が幸せな生活を送れる」という至極当然のことを住宅業界に認識させることになった。
しかし、認識はされても、それを実行するとなると話は別だ。つまり、まだまだ多くの住宅建築会社は、お客様の本当の幸せを考えて、あえて「NO(ノー)」とは言わないのだ。

「あなたは、今、家を建てるべきではありません。」

 宮下工務店の場合、「事前準備」つまり資金計画を正しく作ることから作業が始まる。家を建てるために必要な「資金」「土地」「プランニング」について正確な資料を作成するため、徹底的にお客様と話し合うのだ。
そのため、お客様にとって、無理な(建物の完成後、無理な返済が発生する)資金計画は提案しない。
お客様の収入状況によっては、きっちりと「NO(ノー)」と言う会社なのだ。

ところで、なぜ 宮下工務店の社員はお客様に正直になれるのか?

その理由は、毎朝、社員全員で読み上げる「社訓」からわかる。

社訓 幸せの家づくり 七か条

挨拶なくして 好感なし
好感なくして 信頼なし
信頼なくして 相談なし
相談なくして お役立ちなし
お役立ちなくして お客様の幸せなし
お客様の幸せなくして 私達の幸せなし
私達の幸せなくして 家族の幸せなし


宮下工務店の場合、住宅を単に「仕事」と考えているのではなく、「自分達(社長と社員)の幸せを実現するためには、お客様に幸せになってもらわないと困るのだ。」という社訓のもとに家づくりに取り組んでいる。
だから「しあわせの家づくり」というキャッチフレーズが、単に掛け声で終わるのではなく、それを基本原則として、業務の全てに関連してくる。

 そして、事前準備(「資金」「土地」「プランニング」)だけでも「しあわせの家づくり」が完成しないことを彼らは熟知している。
「住宅の品質を追求すること」と「建築コストの削減」を両立させる。
これが、宮下工務店が自らに課したテーマだ。

建築コストを無制限(それは「事前準備=資金計画」の主旨に反するのだが)に考えれば、どこの住宅建築会社でも「高品質な住宅」を可能にする。
建築コストの削減だけを考えれば、品質を下げるという安易な方向に走ってしまう。
だから、「品質とコスト」を両立させるには不断の努力が必要だ。

そのため、宮下と社員は、まず「建築工法」を追及している。
木造軸組工法だけではなく、ウィンウッド工法やツーバイフォー工法も採用する。
お客様が心から満足するプランニングを実現するために、最適の工法を提案するためだ。
各工法のメリット・デメリットを知り尽くしていないと最適な提案はできない。
「外断熱工法」であったり「W(ダブル)断熱工法」であったり、構造だけではなく高断熱・高気密住宅への取り組みなどは彼らの探究心の表れだ。
建築基準法が改正され「24時間計画換気」が義務付けられるようになったが、その7年も前から、換気システムを設置していたのは、市内では宮下工務店だけであり、それは高断熱・高気密住宅の本質を理解していなければできないことであった。

宮下が良質で安価な桐材(宮下工務店では、物いれ、クローゼットに高級桐材を貼っている。桐による「調湿作用により湿気を防ぐ」「無垢による暖かさ」のためだ。)や竹のフローリングを求めて中国まで出かけるのは、「住宅の品質を追求すること」と「建築コストの削減」を両立させる象徴的な試みと言える。

余談になるが、宮下は自分が苦労して探し出してきた高級桐材を、惜しげもなく、仲間の工務店に分け与えている。生き残るため、地域で熾烈な競争を繰り広げている住宅業界ほど、同業者間の連帯が少ない業種は珍しい。情報交換もほとんどないし、まして、他社より競争力のある素材を共有することなんてありえない。

ところが、宮下は工務店仲間に自分が苦労して獲得した宝物を分け与えてしまうのだ。
これらのことは、全て、宮下が創業した時に感じたことが原点となっている。

創業時の思いを知っていただくために、宮下が書き記した文章をご覧いただきたい。

家づくりに感謝 人に感謝

私が大工をしていた頃、本当に数多くの住宅メーカーの家を見てきました。
当時から住宅メーカーの商品はよく研究されており、デザインもしゃれていました。
しかし、その家が金額に見合った家なのか、家族のライフスタイルに本当に合った家なのか、疑問に思うところもいくつかありました。

あるとき住宅メーカーにお客さんが支払う金額で、自分が材料をそろえたらどうなるのかを計算して愕然としました・・・「もっともっと良い材料で家が建てられる。」これなら住宅メーカーよりも、住む人が本当に喜んで頂ける家が建てられる。

(中略)

そんな経験を経て今思うことは、家づくりという仕事を続けてきて本当に良かったということ。地元の工務店として、自分とお客さん、地域の人たちを強く結びつけてくれた家づくりという仕事に感謝し、自分を信頼して家づくりを任せてくれたお客さんに感謝して、お客様の喜ぶ顔を増やしていきたい、地域に貢献していきたい。
私たちは地域に根ざした工務店。逃げも隠れもできないのですから。それが私たち宮下工務店の基本姿勢なんです。

第三章 妻と社員と職人に支えられて32年

 久しぶりに宮下の顔が穏やかになっている。

ふと手元を見ると、そこには、お客様からの手紙が握られていた。

社員と職人に厳しく、自分にはもっと厳しい宮下は会社では多くを語らない。
眼光が鋭いためか、どちらかと言えば「怖い顔」だ。
そんな親方の表情が和むのが「地鎮祭」や「上棟式」に参加する時や、お客様と直接話をする時だ。手紙(お礼状)をいただいた時などは子供のようにはしゃぐこともあるようだ。

 宮下がうれしそうに読んでいるお客様の手紙をのぞいてみよう。

社長と共に顔を真っ黒にしながら埋炭を・・・

私たちの家作りの入り口は多くの方と同様、住宅展示場からでした。
豪華なモデルルームを見ると、その建築費はどこから出ているの?と疑問に思う事もありました。
 家を建てると決意してからは現場見学会の折り込みチラシが入る度、市内全域の見学会を見に廻りました。
一度見学に行くと「家には来ないでください。」と念を押しても、自宅に訪ねてきたり「何とか今月中に契約してください。」「当社でやっていただけますか?」等、こちらの都合も考えない営業に閉口する事も多々ありました。
 そんな中、宮下工務店さんとの出会いがありました。
完成見学会などに何度も足を運び地震に強い基礎や構造、外断熱の有効性、地元での高い実績など、徐々に理解を深め、建築中の現場を基礎から完成まで何度も見る事が出来た事で私たちの理想とする家が出来そうだと感じ、話を聞いてみようと思いました。

 まず素人の私達に家作りにかかる細かい資金のシミュレーションの説明からはじめてくれました。このことではっきりとした、家にかけられる金額をつかむ事が出来、少し不安が減りました。
 出来ない事は出来ないとはっきり言ってくれた事や私達のスタイルやペースを尊重してくれる進め方も好感が持てました。
 デザインの気に入った木造軸組みの内断熱の家と宮下工務店さんの得意とする木造軸組みパネル工法の外断熱の家と実は契約ギリギリまで迷っていた私達ですが、最終的に寒い家はやっぱり嫌だ。と宮下工務店さんにお願いすることとなりました。

 社長と共に顔を真っ黒にしながら埋炭をしたことや、何度も何度も打ち合わせを重ねて私達のわがままに応えてくれたことで宮下工務店さんとの距離を縮めることができたように思います。
 気がつけば主人の幼馴染や同級生も宮下工務店さんで家づくりをしていて、ばったり再会。なんてこともあり、改めて根強い地元での信頼があるのだと安心しました。

 コンパクトで機能的。
小さいけど家族をいつも感じられて、木のぬくもりのある私達の理想の家が完成です。
長いお付き合いをしてくれる工務店さんとの家づくりをすることができて本当によかったと今後、今以上に実感すると思います。(半田山 Y様より)

宮下は創業時の苦労を全く語らない。
昭和56年の春、妻と二人だけで工務店を創業したのだ。
今と違い、金融機関は創業したばかりの会社には非常に冷たい。相当な苦労があったのだろう。
しかし、彼はそれをまったく話さない。

宮下の妻(美智子 専務取締役)に当時の様子を聞いてみた。

創業時の様子

創業時、たいへんな苦労をされたのではないですか? ご主人が独立することに不安はありませんでしたか?

『ただ、ついていく事だけ考えていましたから、不安ではなかったですね。
社長は現場に出ていましたから、私も必死に手伝いました。現場の掃除は当然のことですし、お引渡し前に大黒柱を磨いていたら職人さんと間違われたりして(笑)』

『私は、本来、初対面の人とお話するのが苦手だったのですが、社長から営業をやるように言われて・・・。
家づくりについて話もできなかったのですが、ただ必死にお客様のご自宅を訪問し続けていました。』

『子育てと同時に、毎朝職人さんのお弁当を作り、そして夕食も用意して、その合い間に現場の掃除と営業をやっていました。
それでも、だんだん外に出るのが好きになってきて、着替えてから営業に行くのが気分転換になっていたのですね。
そうしたら、社長から怒られました。
【営業は服でやるもんじゃないぞ!】って(笑)』

   仕事と子育ての両立は大変だったのではないですか?

 『当時、あまりにも質素な家に住んでいたので、娘が学校でいじめられたそうです。

私は、一生懸命に社長についていけば、いつかは家を建てられると思っていたのですが、自宅を建てる前に、職人さん達が、快適に仕事ができるようにと作業小屋を先に建ててしまって。そんな人なんですね。』

 『私は仕事でほとんど家にいなかったので、子供の面倒は近所の方にみてもらいました。ありがたいですね。
仕事に関しては、苦労だとは全く感じなかったのですが、子供をどこにも遊びに連れて行けなかったのを後悔しています。
子供が2歳になるころですかね、浜松動物園に一度だけ連れていきました。
後にも先にも、これだけです。
だから、私達は苦労しなかったのですが、子供は苦労したのでしょうね。』

 社長が引退したら、夫婦ふたりでのんびりしたいですか?

 『二人でのんびりと旅行に出かけるとか、ゴルフをやってみたいですね。
孫の面倒はしっかりと見てあげたい。
夫婦で海外にロングステイも良いかなと思うのですが、どれも、残念ながら、実現しないでしょうね
。だって、社長がいつもお施主様に言っていますから。【これから生涯お付き合いしましょう!】って。
引退できないでしょう、主人は。』

宮下は妻と職人に支えられて32年間続けてこられたのだ。

当時の様子を、宮下が文章にしている。それを読んでみよう。

引き渡すのが惜しい

 一大決心をして独立を果たしたのが昭和56年の春。
熱い思いで起業したものの、なかなか思い通りにはいきませんでした。
お客さんを説得するつもりが怒らせてしまったこともありました。今は説得というよりは「こんな方法もあるよ」といった具合に「教えられる」ようになりましたが。

 そんななかで、出会ったお客さんの一人が、若い自分の家づくりに共感してくれて、ぽんと建築費を全額わたしてくれたんです。
身の引き締まるような、何とも言えない緊張感を味わったのを今でも覚えています。
その後は寝ても覚めてもその家のことばかり・・・。

 自分を信頼して任せてくれたお客さんに喜んでいただきたい一心で家づくりに没頭しました。

 その甲斐あって当時の自分が思い描いていたアイデアを詰め込んだ、お客さんのライフスタイルに合った一棟が完成しました。
正直、完成した時は「引き渡すのが惜しい」と思いましたよ(笑)。
その後もそのお客さんとは交流が続いており、家族と家が共に年齢を重ねていく様を間近で見ることが出来ました。


どうも、宮下は、妻と職人だけではなく、お客様にも恵まれていたようだ。

 会社に掲げられている「経営理念」を読んで、宮下の妻(美智子)の言葉が間違いではないことを確信した。

「・・・引退できないでしょう、主人は。」


【経営理念】
一度しかない人生をあずかる会社として
社員に明るく豊かな人生を与える事を
経営の目的とする。

そう。宮下は、社員や家族、職人と、そして、お客様と地域に対して、生涯「親方」であり続けるのだ。

あとがき

「祐治、お父さんの具合が悪いのよ。早く帰ってきて・・・」

母からの電話によって、突然、私は実家に戻る事になりました。
そして、兄から頼まれて住宅を建築する仕事に携わることになりました。
兄のもとで大工修行に入り、その後、昭和56年春、宮下工務店として独立しました。
以来、32年間、地元で工務店を営んでいます。

先日、千葉県と兵庫県から、2社の工務店が当社の建築現場の見学に来ました。
私達の現場管理手法を学ぶため熱心にメモを取り、写真撮影もおこなっていました。
私にとっては当たり前の現場管理のやり方ですが、彼らにとっては驚きの連続であったようです。
その際、千葉県にある工務店経営者のT氏から変なお願いをされてしまったのです。

「宮下社長、私は二代目なのですが、職人さん達との付き合い方に悩んでいます。
厳しくしすぎれば誰もついてきません。
甘くすれば、現場の管理がおろそかになります。
現場でタバコを禁止しても、堂々と吸っているようですし、整理整頓・清掃を徹底させようとしても、職人達はなかなか言う事をききません。
知り合いの工務店さんから宮下社長のことをお聞きしまして、それで今回は友人の工務店と一緒に訪問させていただきました。
宮下社長の現場管理の手法や職人さん達の指導について学ぶべき点がたくさんありました。ありがとうございます。
そして、最後にお願いがあります。どのようにして、ここまで徹底できるようになったのか、そのあたりを簡単な文章でいただけませんか?
私の会社で社員教育用に使わせてください。
お願いします!」

私は文章を書く専門家ではないので、彼の依頼に、当初、本当に躊躇していたのですが、彼の熱心さに負けて、自分がたどってきた道を文章にすることにしました。とは言っても、なかなか自分のことを文章にするのは難しい。
そこで、知り合いに頼んで文章にしてもらいました。

それは、家造りに対する私の価値観を明文化することになりました。

そして、気付いたのです。

「そうだ! これを本にして社員と職人に読んでもらおう。
50年後も、現在の宮下工務店の家造りに対する姿勢を受け継いでもらおう。
そして、私に家造りを依頼された御施主様にも読んでいただこう!」

住宅は法律によって「10年間の瑕疵保証」が義務付けられています。
それが意味する事は、御施主様の家を守ることを途中でやめてはいけない、つまり、会社がいつまでも、存続し続けなければいけないのです。

社員には、今までに、いろいろな機会を通じて、私の家造りに対する理念を伝えてきました。
そして、この本によって、【宮下工務店の家造り】を100年以上先においても、理念を継承していくことが、私達を選んでいただいた御施主様にとって最も重要なことだと考えています。

 最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。
そして、いつかお会いした時に、この本についてご意見・ご感想をお聞かせいただければ、これほどの喜びはございません。

最後に、私を今まで支えてくれたお施主様、社員と職人に、そして、苦労ばかりさせてしまった妻と娘に心からの感謝と、そして

「ありがとう。そして、これからも宜しくお願いします。」

株式会社 宮下工務店 代表取締役 宮下 祐治